柔らかな癖毛がフワフワと揺れる。一房かかる顔は色白で、揺れる髪の毛が少し鬱陶しい。隙間から覗く眉毛は長い。顔のラインはしなやかで、顎は細いが鋭くはない。
体躯的には霞流慎二と似たようなものなのだろうが、涼木魁流の方がやや穏やかで、たおやか。少し貧弱にも見え、小さくも見えるのは、背丈が少し低いからだろうか。
最初に出会った時にも、美男子だとは思った。
「ツバサ、どうしてここに」
その言葉にツバサは少し視線を落とし、やがて意を決したように顔を上げた。
「お兄ちゃんに会いたかったから。だからいろんな人にお願いしたの」
そうして、一度大きく息を吸う。
「お兄ちゃん、私、ずっとお兄ちゃんに聞きたい事があったの」
魁流は視線を外した。このまま会話を続けるべきか、それとも無理をしてでもこの場を去るべきか、考え倦ねた。だが、どちらにするかを決断する前に、ツバサが口を開いてしまった。
「ずっと聞きたかった。ううん、言いたかったの」
魁流は、視線を外したまま。
「お兄ちゃん、私、ずっとお兄ちゃんの事が嫌いだった。でも、本当は好きだった」
風が流れた。
「本当は、好きだったんだ」
母の愛情を独り占めする兄が、妬ましかった。自分よりも優秀で、何をやっても敵わない兄が目障りだった。そんな自分の態度に嫌味の一つも言わない兄の存在が、悔しかった。いなくなればいいと、いつも思っていた。
本当にいなくなって、やっと気付いた。
「自分が、いかに幼稚だったかって事に気付いた。馬鹿だと思う」
右手を口元に添え、忙しく指で唇を弄る。
自分がどれほど幼かったか、それに気付くと恥ずかしくって、そんな自分を変えたいと思った。
知らなければ恥じなくとも済んだのかもしれない。だが、知ってしまった以上、目を背ける事はできない。それに、コウという存在もある。
「自分を、変えたいと思ったの。でも、どうすればいいのかわからなかった」
コウはそのままでいいと言ってくれた。だから、コウに聞いても答えは出ない。
コウが悪いワケじゃない。ただ、自分が納得できないだけ。
「お兄ちゃんなら、教えてくれると思ったの」
「なぜ?」
ようやく魁流が口にした短い言葉。ツバサは自分の身体が震えるのを感じた。
兄の声。久しぶりに聞いたような気がする。低くて、静かだが、暖かくて、深みのある声。
兄の声だ。
胸が苦しくなるのを感じた。
ホテルのエレベーターホールで聞いた、冷ややかな声も蘇る。
お兄ちゃんは、お兄ちゃんだよ。
言い聞かせる。
「だって私、お兄ちゃんみたいになりたいから」
ずっと憧れていたから、妬ましいほど羨ましかったから、だから当の本人であれば、答えをくれると思っていた。
「別になにかをしてくれとか、そういうワケじゃない。お兄ちゃんだって辛い思いをしてきたワケだし、あ、そういう話は最近知っただけで、だから私、お兄ちゃんがどうしていなくなったのかも知らなくって、だから私は」
クシャリと髪の毛を掻きあげる。
あぁ、どうしてうまく言えないんだろう。言いたい事や聞きたい事なんていっぱいあったはずなのに、言葉がうまくまとまらない。こんなんじゃ、お兄ちゃん、何言われてるのか理解できないよ。
「だから私は、家に帰ってきてって言ってるワケでもなくって、お母さんにはお兄ちゃんの事は何も言ってないし、あ、でも別にお兄ちゃんに帰ってきてもらいたくないって思ってるワケじゃなくって、だから、お兄ちゃんが嫌なら私は別に」
焦れば焦るほど言葉が思い浮かばず、イライラと視線を泳がせる。そんな落ち着きのない態度で言葉を捜す妹に、魁流は、ゆっくりと口を開いた。
「嫌われているのは知っていた」
ツバサは、口を半開きにしたまま固まった。しばらく硬直したまま兄の言葉を心内で反芻する。
知っていた。
当然だよね。嫌われてる事くらい、知っていたはずだ。自分の態度はとてもわかり易かったはずだから。
「ごめん、なさい」
「別に怒ってはいない」
「でも今は」
言い訳になっても構わないからという思いで口を開いた。そんなツバサを魁流が遮る。
「嫌われたままでいい」
顔をあげたツバサは、今度こそ本当に固まった。
「憧れる必要も無い」
ツバサの、頭の中が真っ白になる。困惑して言葉も出ない相手とは対照的に、魁流は無表情のまま海へ顔を向ける。風に乗って、少し乾いた香りが漂う。木質っぽくもあり、土から湧き上がるかのような、飾り気のない香り。
「聖翼人は、ツバサは俺に憧れる必要なんて無い」
「必要があるとか無いとかって、そういう問題じゃなくって」
「やめろっ」
感情を必死に抑えた声。
「やめるんだ」
いつの間にか呼吸が乱れている。
「お兄ちゃん?」
「憧れてるだなんて言うな」
妹と視線を合わせる事なく、ギュッと両手で拳を握った。
「迷惑なんだよ」
時間が、止まったかと思った。ツバサにはそう感じられた。風の香りも、対岸の明かりの瞬きも、すべてのものが止まり、消えたかと思った。
「迷惑」
呆然と繰り返す言葉に、魁流が微かに瞳を細める。
なぜだ? なぜ俺は、こんな事を言うんだ? なぜこんなにも腹が立つ?
俺は、妹に腹を立てているのか? なぜ?
「僕は、俺は別に、お前に憧れてもらうような行動をした覚えはない。身に覚えのない羨望を受けても、嬉しくもない」
冷ややかな視線をチラリとだけ投げる。
ワケのわからない感情が魁流を包む。
わからない。だが、止められない。
「さんざん人を嫌っておいて、今さら憧れてるだなんて、都合の良い言葉を吐くな」
なんて酷い言葉。こんなにも醜い言葉を、なぜ自分は口にするんだ?
わからない。だが、実は憧れていたと告白する妹の姿を見ているうちに、激しい感情が津波のように襲い掛かり、魁流の身を支配した。
抑えられない。
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